4月の国立文楽劇場での文楽公演は第1部と第2部が菅原伝授手習鑑のプチ通し公演です。

菅原伝授手習鑑は言わずと知れた文楽3大名作の第一弾
五段構成の時代ものです

第一部は2段目の『道行詞甘替』から始まりますが、2段目はこの道行のみであとは3段目です。

今回の公演は梅王・松王・桜丸の三つ子の話を主とした構成になっており(まぁ、菅原伝授手習鑑は菅原道真が主人公というのではなくこの三つ子がほぼ主人公なんですが)、2段目で描かれる菅原道真とその養女の刈谷姫との別れはカットされてます。
ということで、朝一番が『道行詞甘替』。知らない人が見たらいきなり飴売りが出てきて踊りだし、しかも二つの荷箱の中からお姫様と親王様が出てくるということになります。
「あんな小さい箱の中に人が入れるのかい」とか、「人二人を担いで京都から摂津まで歩けるのかい」とか突っ込んではいけません。これは文楽ですので。
この親王さんとお姫様はなぜ飴売りの荷箱の中に入っているのか、なぜ都を立ち退かなければならないのかの説明はありません。今回は「通し狂言」とはうたってないみたいのなで、知っていることが前提、あるいは、知らなくてもそれなりに楽しんでねということなんでしょうね。
でも、ちょっと違和感はある始まりです。

『道行詞甘替』が終われば、次は3段目が『車曳きの段』から『桜丸切腹の段』まで上演されます。

三つ子の一人桜丸の悲劇の段です。
菅原道真の歌と言われている「梅は飛び桜は枯るる世の中に何とて松のつれなかるらん」(実際は菅原道真の歌ではないらしいです)の桜が枯れる場面ですね
白太夫は吉田玉男さんが使います。文楽でよくある飄々としながらなんか筋の通った隠居ジジイを流石に玉男さんは巧みに使います

三つ子の3人の嫁(梅王に春、松王に千代、桜丸に八重)のうち、八重だけは振袖姿で3人で食事の用意をする場面でも彼女だけオキャンな様子を出します。これがこの後にも続く八重の悲劇を一層際立たせているように思えます。
気になったのは、春を使った豊松清十郎さん。前から気になってたのだけれど、頭が小刻みに揺れる。今回は春、千代、八重と3人並んで出ているから、清十郎さんの人形の首が震えるのが目につきました。また、猫背になっていて特に左肩が前に倒れ過ぎているので、若い女房ではなく年寄ったおばあさんみたいに見える。
清十郎さんは蓑助さん亡き後、女形を代表する人形使いになるかと期待しているだけに気になります。

桜丸は玉助さんが使います。玉助さんは次世代のホープかな。
切りの太夫は私のおすすめの竹本錣太夫さん。堅実な語りで聴かせていただきました。どちらかというと、あまりくどくない語りで、『なくない」「あい』のところで拍手しようと用意してたんやけど、あっさりと語りはって拍手できなかった。残念😭

第2部は『菅原伝授手習鑑』の四段目『北嵯峨の段』から『寺子屋の段』まで。『筑紫配所の段』はカットされてますので、菅原道真公は最後まで出てきません。
ロビーに寂しく展示されたはります。

ロビーに寂しく立ったはる菅原道真公

『北嵯峨の段』が上演されたのは、良かった。オキャン娘の春が薙刀を振り回して大立ち回りを演じます。「春、頑張れ」。八重は肝心な時にどっかへ出掛けて行って帰ってきません。「八重、何しとんにゃ」と言いたいところですが、春は可哀想に衆寡敵せず、『口惜しや」とゆうて死んでしまいます。
この後の「寺子屋の段」で松王丸夫婦の悲劇が演じられるのですが、「北嵯峨の段」をやってくれたのなら、五段めの『大内天変の段』も上演して春ちゃんの無念を晴らして欲しかったなぁ。

切りの『寺子屋の段』は豊竹若太夫さんが語ります。三味線は私の一押しの鶴沢清助さん。
ご存知のとおり、この段は忠義のために我が子を犠牲にするという、現代の我々にとっては感情移入しにくい話なのですが、ようできた浄瑠璃で見ててやっぱり感動してしまいます。
有名な武部源蔵の「すまじきものは宮仕」というセリフや、息子がにっこり笑って死んだと聞いた時の松王丸の泣き笑いの場面は泣かせます。
若太夫さんは淡々と語ります。床本に顔をつけ床本を読むようにかたらはります。なんかの座談会で若太夫さんが「先代の若太夫(現若太夫の祖父)や越地太夫のテープを聞いても、全部力を入れて語ってるのではなく、読んでるとこも多い」みたいなことをゆうたはりました。
そうゆうやりかたをやったはるのかなとも思いますし、確かに、どこもここも声張り上げる必要はないとは思います。こういうやりの方が現代風の解釈なのかも知れませんし、自然なのかも知れません。
けど、やっぱり、多少臭いぐらい力を込めてもらった方が私として浄瑠璃を聞いたという満足感があるのですけどねぇ。結論を言いますと今回の寺子屋はもの足りまへんでした。
後の呂勢太夫さんの方が良かった。

第3部は、ひらかな盛衰記。

梅枝の手水鉢 叩いてお金が 出るのなら」と、子どもの頃、訳もわからず歌ってましたけど、出所はこれやったんやということを文楽を見るようになって知りました。ということは50歳くらいになって知ったということになります。いくつになっても勉強ですなあ。
しかし、まぁ梶原源太景季というのは、ええ加減で勝手な男ですなぁ。自分が戦場に出るためにお百姓さんを詐欺みたいなというか、詐欺そのもので騙し、ちゃらちゃらとめかし込んで、自分のために遊郭で働いている女房に無理なお金の算段を押し付けて、「借銭のかわりに、癪を起こしなや」なんて気楽なことをゆうて、帰っていきます。ほんま、ええ加減な男です。
親父の梶原景時は文楽では一貫して源義経を滅亡に導いた悪役ですけれど、息子の源太景季は二枚目の人形の頭を「源太」と呼ぶぐらい、文楽を代表する二枚目です。
文楽に出てくる二枚目はたいていふにゃふにゃしたええ加減な男です。ええ加減男源太と親の敵討ちに凝り固まった姉のお筆に挟まれて窮する梅が枝を勘十郎さんが使います。「梅が枝チャン、可哀そう」なのです。梅が枝の美しさと可憐さをさすが勘十郎さんは十分に表現しやはります。(と、私は思いました。)柄杓を振り上げて舞うように手水鉢をたたく梅が枝の人形はとっても美しく見えます。
まあ、しかしですな、進退窮まって梅が枝がすることが手水鉢をひしゃくでたたくだけというのも、考えてみれば芸のない話ですが、そこへ二階から小判が降ってきて、まさしく「叩いてお金が、出る」わけです。
最後の『奥座敷の段』も、めでたしめでたしでおわりますので、今回の文楽公演第3部は、第1部第2部の親子の死に別れを描く悲劇とはひらかな盛衰記は文楽には珍しく、ハッピーエンドで終わります。
これはこれで、観劇の感想としては、「ああ、やかったね」となるのです。(そんなんでええんかい!)

投稿者

hama

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)